人生の折り返し地点
12月4日(なんともう2ヶ月経ってしまった)、40歳の大台に乗った。
先日(これも2ヶ月以上前だ)、後輩のフカザワ(仮名)と飲んだ折のこと。最近わしが奮起して、いろいろと活動を開始した話題になり、その理由を尋ねられた。
わし
「もう40だし、人生80年だとすると今は折り返し地点で残された時間が限られている。このままではイカンと思ったからだ」
フカザワ
「ちょっとびにさん、待ってくれ!一年前に飲んだ時、ボクが『人生の折り返し地点ですネ』と言ったら激昂してましたよ?『オレはそんなこと考えたことないし、そういう考えは納得いかないッ!つまらん話をするなッ!』って。ワケわかんねェよ!あーあ、腹立つ!」
わし
「・・・・・?」
言われてみればそんなこともあったような気がしてきた。
要するに当時のわしとしては、「人生の折り返し地点」などという陳腐な言い回しもさることながら、残り時間を自ら定めてそれを消化していくような、自分の可能性をあきらめてしまうような、そんな感覚に対して猛烈な反発心を抱いてしまったワケ(らしい)。
では今はどうかと言うと・・・
実はそれほど気持ちの変化はない。
使い古された表現への嫌悪感は変わらないし、他人から言われるとなぜかムカつく。
それを棚に上げつつ、一方でこうも考えるようになった。
人生は永遠ではない。
いずれ死ぬ。
だから、この限られた人生をどう生きるのか。
そしてどう死ぬか。
この二つの命題が最近大きくのしかかってくるようになったのだ。
生きる中で満たされ、その上で死ぬことを考えたい。
自分はまだまだ満たされていない、つまり十分に生きていない。
十分に生き、それから死ぬ。
これがわしの、現在の人生観だ。
わしが言うところの「人生の折り返し地点」は、裏にこういう意味が込められているのである。
フカザワ君、次にこの話題を振るときはそういう意味を汲んでからわしと会話してくれたまへ。
・・・とは言え
・・・ごめんね。
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コメント
で、冷蔵庫は?
投稿: なぞ。 | 2008年2月 6日 (水) 12時10分
「人生の折り返し地点ねぇ~」私も言われてみればもう過ぎている。どう生きるか、真面目に考えた事もなかったっというかそんな余裕もない?それより、日に日に増える体重をどうするかしか今は考えていないよ。うっ悲しい(涙)
それより、やっぱり冷蔵庫が気になるぅ
投稿: yosinokaiko | 2008年2月 7日 (木) 21時08分